「地の私」と『天の私』(3)

 ここで、途中のまとめとして「ドレミファソラシド」を、岩根先生の『自分の発見』をもとに表現し直します。
 全体構造。
《「ド」・「レミファソラシ」・『ド』》。
 その内容。
「ド」=顕在意識。
「レミファソラシ」=潜在意識。
『ド』=超越意識。

 般若心経でまとめ直します。
 顕在意識&潜在意識=非実在界。
 超越意識=実在界。

 空へ帰還するためには、「ドレミファソラシ」の「7層の私」が、それぞれ抱えている課題をクリアしなければなりません。
「レの私」にも、「ミの私」にも、残りの「ファソラシ」のすべての「私」にも課題はあります。
 顕在意識の「ド」は責任重大です。
 自分も含めて「7層の私」の課題を成就しなければなりません。

 潜在意識は、玉石混交の世界です。
「レミファソラシ」の各層それぞれに、複数の「玉」と「石」が存在します。
「玉」とは、『天の私』を仰ぎ見る思い。
「石」とは、『天の私』に背を向けた思い。

「玉」は「ド」を助けてくれますが、「石」は「ド」の働きを妨げます。

「レミファソラシ」の〈『天の私』に背を向けた思い〉は、ひたすら闇雲に自己の温存のみを企てます。
 それを「苦しみ」と自覚する余裕は皆無のまま。
 潜在意識界では、「思い」は一瞬のうちに実現しますから。

 ここで実に情けない話になるのですが、「ド」である私は、「レミファソラシ」の自己温存衝動に実に引きずられやすいのです。
 内観に鋭さが欠けていますから。
 なので、とても大変です。
 地上の自分の足取りは、しっかりしなければなりませんし、「レミファソラシ」の衝動に対しては、それを『天の私』の光の中にさらけ出さなければなりません。
 ですから、しょっちゅう私はジタバタしています。
 そこで少しでも余裕を回復しようとして、自己温存衝動に向かって(畏れ多くも『天の私』の立場に立たせていただいて)「そんなことではアカンやないの」と語りかけています。

 とにかく、
「玉」については、『天の私』の光をいただいて、さらに磨きをかけなければなりません。
「石」については、『天の私』の光をいただいて、消滅させるか、「玉」へと昇華してもらわなければなりません。

《『天の私』の光をいただいて》とは、他力への全託です。
「さらに磨きをかける」のは、自力です、自分がやらなければなりません。
「消滅させる」場合も、「「玉」へと昇華してもらう」場合も、問題の「石」を、自分で、その実に狡猾な「温存カモフラージュ」をはぎ取って、『天の私』の光の中に、自力を駆使して、さらけ出さなければなりません。

「地の私」であるこの記事の書き手は、ちょっと油断するとすぐ傲慢になりますので、油断しない努力が欠かせません。
(それでもすぐ脱線しますので、フィードバックが欠かせません。)

 ところで『天の私』は、多層的な御指導だけでなく、最下位に位置する私の中にまで降りてきてくださるほど有り難いお方です。
 私の、どこまでいっても不完全な自力の中に入り込んでくださって、ぼやくことも多い私のノイズなど、どこ吹く風、と受け流しながら、スキだらけの私の自力を全面的に支えてくださっておられます。

 多層構造宇宙とは、表層がどう見えようとも、その本質は(畏れ多い表現ではありますが、)「至れり尽くせりの宇宙」です。

 皆様、マイナス存在の私をも生かしてくださって、誠にありがとうございます。

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