「地の私」と『天の私』(1)

 私は、『人類が宇宙人類に成る時』という記事において、「現実の私」と『宇宙大の私』について書きました。
 今回は、その二種類の私の関係について考えます。
 岩根先生から学ばせていただいたことについて熟考し、私の人生を賭けて実証し、私の未熟な実践途上における気づきを、自分に向かって確認する姿勢で書きます。
(これは、すべての記事に共通した姿勢です。
 どうか、私の浅い気づきを深めるために、皆様の実践的な、多様な気づきを、ぜひシェアしていただけますように。)

 そこで表現の対比を明らかにします。
「現実の私」を「地の私」に、『宇宙大の私』を『天の私』に、表記し直します。
 次に、二種類の私について『未完成だった般若心経』をもとに確認します。
「地の私」=非実在界の色・受想行識。
『天の私』=実在界の《色》・《受想行識》。

「本来」は、「ひとつ」である「地の私」と『天の私』のありようを、現実の歩みを通して、体現していくプロセスには多くの困難が伴います。
 私は、途方に暮れることも、よくあります。
 しかし、地上のチャレンジにおいて、これほど大きな楽しみに満ちたチャレンジは、ほかにないと思います。
 このチャレンジは、日常の、あらゆる営みを根本から支えてくれます。
 様ざまな「思い」を実現させて幸せになる旅を、『天の私』は、本質レベルで、全面的に、あらゆる角度から応援しておられます。

 まず第一に、両者は、それぞれ多層構造を成して、お互いに関係しています。
 と言っても、多層構造それ自体は、とても身近なものでもあります。
 たとえばカラオケに行って歌を歌おうとしてマイクを握ると、多層構造が出現します。
 ドレミファソラシ。
 七つの波動域(=階層)が、ひとつのオクターブという音階構造を形成しています。
 歌を歌うたびに、私たちは、多層構造を楽しんでいます。

 このまま、シンプルに、歌の例えで、《「地の私」と『天の私』》について最後まで書きます。
『天の私』との一体化を志す旅。そこには、オクターブが二種類、存在します。
 A 下位のオクターブ=非実在界。
 B 上位のオクターブ=実在界。
 一体化の旅においては、「ドレミファソラシド」という階層構造を用いて考えます。
「地の私」と『天の私』も置き換えます。
 最下位のド=「地の私」。これを「ド」と表記します。
 最上位のド=『天の私』。これを『ド』と表記します。

「ド」も『ド』も、同じ《ド》です。
 しかし、所属するオクターブは、根本から異なります。
 異なりますが、「レミファソラシ」の六階層の波動域によって接続されています。
「ドレミファソラシド」には、「ドの私」、「レの私」と言う具合に、合計、八つの《私》が存在します。
 それらは、フラクタル結合されていて、ひとつの《私》です。

 実在界の《色》は単数形、そして「色不異空 空不異色」ですから次のようになります。
「ドレミファソラシド」=《ド》=《 》。
 宇宙の最初の営みから見つめ直しますと、まず《 》のご存在があり、そこから《ド》が生まれ、その《ド》が、ご自身を多層的に投影されて「ドシラソファミレド」という多層宇宙を創出されました。

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