メッセージ

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般若心経では、262文字+16文字という限られた文字数の中に「般若波羅蜜多」という語句が6回も繰り返されており、並々ならぬ重要な言葉であることが容易に想像できます。そこから名付けられた〝般若波羅蜜多研究会〟とはどのような集いなのでしょうか。

「般若波羅蜜多」は「フラクタル共鳴」という語句といつでもと置き換えが可能である…と著者は説かれています。「フラクタル共鳴」とは何でしょうか。フラクタルとは簡単に言えば、スケールの違う同じ三角形は「相似形の三角形」ですが、繰り返し現れる相似形と考えれば良いと思います。これから発展して、スケールだけではなく、時間や空間を越えて、同じ性質が次元を超えて繋がり、繰り返されることをフラクタルと呼んでいます。

つまり、この現実社会の生活を通じて私達人間が唯一究極的に求めるところの何か偉大な存在、それが確かな存在だからこそ、人は命をかけて道を求めるのであり、それを永遠性・絶対性・普遍性を含む「空」とすれば、その「空」と直結していることを自覚することが「フラクタル共鳴」であり、「般若波羅蜜多」ということなのでしょう。

著者は、「人間」は空であるのだから、それはできるのである…と断言されますが、それでも「空」をわかったと言ってはならない…とも仰います。「空」とはそれほどのものであり、実体を超えた実体そのもの、つまり「超実体」なのだと。このように、著者の著書『暗号は解読された般若心経』には、数珠のように並ぶ一言一句、一行毎から、更にその行間からも、著者の優しさ温かさが伝わって来て、心の奥底に響きわたり、おのずから導かれます。つまり、これこそが「フラクタル共鳴」であるし、「般若波羅蜜多」ということなのでしょう。

しかし、この著書を読み、知識を得たくらいで心の苦しみを、心の「罣礙」を無くせるのなら、そんなに楽なことはありません。人生そんなに甘くはないことは、これまで生きて来たあなたが一番よく知っているはずでした! そのためにも、心素直になって心の内面を深く見つめ、心の「罣礙」に気付き、それを消滅あるいは昇華して頂くための「無の修行」は欠かせません。私達は決して自分一人で生きているのではないことを改めて実感し、どこまでも謙虚な心の姿勢を持ち続けねばならなかったのでした。

過去の記憶は表面意識にはなくとも、私達は一連の人生において「三世諸仏」として既に様々な経験(修行)を重ねて来たと言えます。そして今、正に機が満ちてこの著書に辿り着いたのですから、私達が長い時間をかけて求め続けて来た〝究極の何か〟はもうすぐそこだと確信します!

こうして毎月の「般若波羅蜜多研究会」に集い、真剣に且つ楽しく様々な手作りのイベントを通じて生命活動の場である「諸法」を満喫し楽しんでおります。この集いが・・・そんな集まりが「般若波羅蜜多研究会」です。この会が発足してあっという間に1年半が過ぎましたたが、今では、毎月「般若波羅蜜多研究会」の仲間にお会いできることをいつもとても楽しみにしています。

♦♡♥♤♠ 皆さまのご参加をお待ちしております ♥♤♠♢♣